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親子の絆 第2話


照明の落とされた暗い部屋。
その中に灯るは、ささやかで、幻想的に瞬く、父の歳の分の都合35個の蝋燭の灯火。
そのゆらめく火が、私の手作りのケーキと、その他苦労して作った料理の数々を照らし出す。
娘が父親の誕生日を演出するには過剰とも言える、最高にロマンチックな雰囲気だ。
しかし、この様々な準備は決して過剰ではないし、誕生日を祝うためのものでもない。
これらすべての準備は、この夕食の後に共に過ごす今夜を祝うためにある。
何故ならば、今夜は私達にとってかけがえのない記念日になるのだから。

────私達が本当の家族になる、ね。

「それでね────」
あれ、どうしたんだろう?
お父さんの顔が暗く沈んでいるように見える気がする。
普段とは違う蝋燭のささやかな灯火のせいだろうか。

「和彦さん、どうしたの?」

「いつもすまないな。俺、想子に迷惑かけてばかりだ。」

俯いて自信なさげなお父さんの口から急に謝罪の言葉がついて出る。
この予想外の展開に対して私は嫌な胸騒ぎを感じた。

「……え?」
「こんな主婦みたいな真似をさせて苦労ばかりさせてる。」
「……別に気にしないで、和彦さん。……私、家事やるのは楽しいよ。」

もちろん、私は家事をやることそのものが好きなわけではない。
ただ、家事をやっていると大好きな父の娘として、家族の絆を感じられる。
いや、そんなものではない。
私は今は居ない母の代わりに全ての家事をこなしている。
それはつまり────────
だから家事をやっている時、私は確かな安心感を感じられるのだ。

「私は母さんとなんかもう一緒に暮らしたくないよ。
 ……和彦さんと二人きりの生活の方がずっと幸せ。」
「ああ、泰子の所に明海が居る限り、結局お前はここに居るしかない。」

和彦のこの言葉を聞いて、想子は明海が居るせいで母の所に戻れないのだと
勘違いされてしまったと慌てふためく。
少しパニックになりつつも、すぐに言い直すべく口を開こうとした。
しかし、その動作は和彦の次に発した驚愕の言葉に遮られた。

「だから、あの時。あいつを殺しておけば良かった。」

「……え、か、和彦さん?」
「元々は俺の両親を暗殺するための計画だったんだがな。
 もう決行は無理だから話してもいいだろう。」

そう言うと和彦は想子に、ポツポツと話を始めた。
両親に復讐するため暗殺する準備をしていたこと。
明海に対して、これを行うつもりがあったこと。
そしてその手口、具体的な流れを話していく。
常人の神経をしている人間がこんなことを真剣に話されれば、
そんな計画を立てる人格に間違いなく戦慄し、身の毛のよだつことだろう。
────そう、仮に普通の人間であれば。


    *      *      *      *      *      *


「────────以上が大まかな手口だ。まあさほど難しくはない。
 当時の明海は13歳だったが、確か数年前の警察庁の失踪者の統計だと
 あの年齢くらいの人間の捜索願 は結構出ている。
 表では10−14歳の間の失踪者は、年間に8000人くらい発生している。
 ただ、この手の事件では、何らかの理由で捕まったり、
 検問に引っかかったり、運転免許の更新に行ったり、
 つまり警察の網にたまたま引っかかった場合に回収するってだけで、
 拉致される所を見た目撃者がいるとか、余程の事件性がない限り
 警察は積極的な捜査は行わない。
 もっとも行方不明者のうち9割はその後に所在確認されるから、
 実際に殺された人間はさほどいないだろうな。
 未成年者で家出する奴は補導や職質されるようなことするから
 簡単に引っかかるしな。
 だから、行方不明になればはっきり言って怪しい。
 とはいえ、家出してもすぐに発見されないことも多いから
 どうしても時間のかかる死体処理の時間は充分に稼げる。
 逆を言えば、一番危険なのは殺人の瞬間と拉致する必要があるなら
 その際なんだが、この点は俺は父親なんだから、
 誰にも不振がられず、抵抗もされず、簡単にどこかに連れ出せた。
 ならば覚悟さえ決めれば、実行するのも難しくは無かったはずだ。
 結局あの時は、覚悟を決められず腕をへし折るだけで済ませたわけだがな。
 でだ。
 仮に今現在殺すとしたら、死体の処理の手間は16歳の今の方が
 でかい分だけ面倒で、俺は嫌われてるだろうし、うまく車に乗せられるか
 どうか不安だが、16歳なら家出する可能性は高くなる。
 しかも都合のいいことに今のあいつは非行少女だしな。
 つまり前回と同じく、さほど危険ではないんだが、問題は泰子だ。」

────お母さん?

「腕をへし折った件で、泰子に俺の性格、信条は既にはっきりと知られている。
 あの時の口論で、あんな奴消してしまった方がいい、
 殺さないだけ我慢したんだ、とか言っちゃったしな。
 仮に行方不明になれば、疑ってくる可能性が高い。
 あいつも俺同様、信念を曲げない性格だ。
 なにせ、実の娘を虐げたあんなゴミを引き取るんだからな。
 俺とは違った方向で正気を失っている。
 だから勘付かれた場合、信念に従ってどこまで調べ、
 俺を刑務所に放り込もうとするだろう。
 仮に捕まるという最悪の事態を避けられても、疑いが濃厚だという証拠でも
 集められて、上の連中と交渉でもされたら退職に追い込まれるかもしれない。
 もちろんここまで追い込まれる可能性は低いはずだが、
 しかしああいう正気を失って物事に集中できる奴はやっかいだ。
 不可能を可能にしたりしかねない。
 俺もそうだからな。
 だから、決して取りにいけるリスクじゃない。
 まあ、仮に明海を殺して俺も捕まれば、俺達親子が共倒れすることになり、
 俺からの養育費が払われなくなるなどのデメリットもあるけど、
 またお前も母さんと仲良く暮らせて、そっちの方が幸せになれるかもな。」
 
父は私にとっての自分の価値を母以下だと自虐し、あざ笑う 。
だが、私にとって母と暮らすほうが幸せなんて、

────────そんなことあるわけ無い。

もっとも、このことは父自身が次の言葉ですぐに否定した。

「いや、どっちにしろもう手遅れか。
 なにせ想子は、母親が実の子の期待に応えてくれないと、
 わかってしまったんだからな。
 世の中、知る必要がなければ知らない方がいいことなんていくらでもある。
 俺達親子が来なければ想子が知る必要も生まれなかったし、
 想子は母親を自分の期待通りの人間だと、信じたまま暮らすことができた。
 俺のせいで、そのパンドラの箱が開いたんだ。
 だが、すまない。
 お前を守るとか格好いいこと言いながら、結局は想子のために
 自分の人生を潰す覚悟なんて俺には無い。
 腕を折った、あの件だってそうだ。
 児童虐待でそうそう捕まらないことは知っている。
 何せ俺は警察の人間だし、実際に受けてたわけだからな。
 まあ明海が病院に連れて行かれた時、俺の脅しに屈せず、
 医者にでも聞かれたときに真実を吐いて警察呼ばれた場合は、
 そのことで降格とかの内部処分を受ける可能性はあったがな。
 だが、退職させられるってことは無かっただろうし、
 ましてや、俺を逮捕するなんて自らスキャンダルを作るような真似は
 警察はしない。
 結局、覚悟も何も決めてはいなかったってことだ。
 想子には、俺の出来る範囲でしか何もしてやれてない。
 俺は────────」

「和彦さん!」

「どうした?」

「和彦さんは私のために誰よりも私を想って懸命に頑張ってくれたよ。
 それなのに、どうしてそんなこと言うの?
 和彦さん、一体どうしたの?急にそんなこと言うなんておかしいよ。
 何かあったの?」

父が自分の事を否定し続けるのに耐えられず、声を上げ、話を止めさせた。
おかしい。
今まで、話したことのなかったこんな秘話を何故急に口にする気になったのだろう?

「……実は昨日、お前が風呂からまだ出てきてない時に、
 泰子から電話もらったんだ。また明海が問題を起こしたって。」

昨日────────あの時か。
お父さん、嫌に元気がないと思ったら、こういうことだったの。

しまったと、想子は歯を噛み締める。
泰子が家を出て行く最終的な引き金は、想子が和彦に味方したことに
怒ったことがきっかけだったが、やはり娘のことは心配だったらしく、
家を出て行ってからも週に一度くらいは必ず斉藤家に電話を掛け続けていた。
その会話の中で、想子が頻繁に耳にする機会があったのが明海のことである。
あれ以来、表立って問題を起こすようになったらしく、
何かするたびに泰子にそのことを父にも伝えておくようにと、
想子はことづけを頼まれる機会も多かった。
しかし、そのことを伝えれば、父の家族へのトラウマをえぐり、
想子の夢を叶えるための必死の努力を
あっという間に押し流してしまうのは明白だった。
そこで想子は、父が電話に出ないように、
必ず自分が電話に出て適当に相手をしておき、
ことづけを頼まれた場合、ただの母親との世間話ということにして、
出来る限り握りつぶすようにしていたのだ。
しかし、想子は自分の携帯を持っておらず、
母からの連絡は家の固定電話にかかってくるので、
昨日はたまたま和彦が出ることになってしまった。
もっとも和彦と泰子が離婚した時と同じくらい対立していれば、
すぐに電話を切っただろうが、 離婚して頭が冷えたのか、
今現在は前ほど仲が悪いわけではないのも、不利に働いてしまった。

よくも────────────────。

「そうだったの。でも和彦さん、それは向こうの家族の出来事だよ。
 もう私達『家族』には関係ないでしょ?」

想子は湧き上がる怒りを抑えこもうと、例えとしてはおかしいが
大人が小さい幼児に語りかけるように、努めて優しい口調で自分だけが
和彦の家族であり、もうあの連中は自分達とは関係の無い存在、
そう強調し話しを打ち切ろうとする。
しかし和彦は、既にある程度脳にまわったアルコールのためか、
想子の気持ちを汲むこともなく、全く話しを止めようとしない。

「悪い意味で大有りだろう。想子は奴に傷つけられ、俺は奴の父親なんだからな。
 ずっと感じるんだ。あいつとは家族の絆で結ばれているってな。
 そう、明海が頭に思い浮かぶたび、全身に感じるんだ。俺が両親に抱いていた殺意を。
 この気持ちは、そう。
 片思いとよく似ている。」

止めようと思っても、和彦のどことなく鬼気迫る表情と、
既にさっき話に割り込んで強引に打ち切ったのにまた話を再開されたせいか、
もう止めても無駄かもしれないと思い、なかなか言い出せない想子。
そうやって躊躇を続ける想子の耳に突如、家族の絆で結ばれている、片思いとそっくり、
という和彦の言葉が鮮明に響いた。

「寝ても覚めても、明海の事が思い浮かんで気持ちが抑えられない。
 今すぐにでも、抑えられないこの気持ちをぶつけたい。
 一日だって、一時間だって、一分だって、一秒だって我慢できない。
 理性の鎖を引きちぎって、明海の所へ”ヤリ”に行きたい。
 そう。
 拳、貫手、肘、膝、踵、額、ナイフ、鈍器、支給されてるS&W(拳銃)の鉛弾。
 これら、太くて入らないモノを強引に本能の赴くままに全身に突っ込んでやりたい。
 でも、捕まるのが怖いから結局は相手にぶつけに行けない。
 そしたら、また明海の事が─────
 それらの思考を繰り返し、堂々巡りをひたすら続けた末、なにも結論が出せず
 こんなに苦しいのならこんな気持ちはいらないと、苦しみ続けるんだ。
 正に親子愛とはよく言ったものだな。」

父の顔に笑えない冗談だと、言わんばかりのうすら笑いが浮かんだ。

「明海も俺の両親もどちらもクズ人間。
 今はあの状態だとはいえ、”玉海”も恐らく成長すればきっとああなる。
 そして、俺も間違いなくあの4人と同じくクズ人間の血を引いてるんだ。
 だから、いつも思うんだ。こんな憎しみを抱く俺だって奴らと一緒なんじゃないのかと。
 もっとも関わりたくないあの連中から、強い血族の絆を感じるんだ。
 この消えない繋がりが、俺にとっての『家族』の意味。
 憎悪と逃げられない血の絆だ。
 だから想子、お前は俺の家族なんかじゃない。
 俺が想子を引き取ってるのは他に適任がいないから、やむを得ない処置。
 だから俺に家族のように、あまり優しく接しないでくれ。
 俺はお前を守るだけの保護者、あくまで他人であるべきだ。
 俺はあんな連中の仲間なんだ。
 必要以上に関わるとロクな────」

「もう、やめて!!!」

隣近所まで届かんばかりの耳をつんざく悲鳴が、和彦の頭蓋骨の中、脳に反響した。


    *      *      *      *      *      *


明海と、さらに両親への憎しみばかりがいつも頭に思い浮かぶ?
────私のことはお父さんの頭のどこにあるの。

それが、お父さんの家族の絆?
────私が何十何百何千と幾度となく作ろうとした、私達二人の家族の絆はどこにもないの?

そして、何よりも許せないのは。

私とお父さんは他人であるべき?

──────そんなの、決して、認めない。


「いつも言ってるでしょ!和彦さんは私の唯一の家族!和彦さんの家族は私一人!
 あんな明海も、和彦さんの親も、血が繋がっていたって和彦さんには関係ない!
 和彦さんは認めなくても、私にとって和彦さんはなにより大切な家族なの!
 それなのに和彦さんが自分を否定したら、私の気持ちはどうなるの!?
 和彦さんは私を否定するの!?」

いつも穏やかな想子が和彦に対して、その小さな体からはありえないような大声を張り上げた。
和彦が想子を自分の家族と認めたがらないのは今に始まったことではない。
だが、想子はここのところの和彦の挙動からあくまで無意識的にではあるが、
心の奥底で自分が避けられているように感じ、どこか不安を募らせていた。
その感情がここにきて爆発したのだ。
この反応に意表をつかれ、和彦はやっと我に帰った。

「ん、ああ。そう、だったな。すまない。
 ……ただ、俺はお前を守るなんて格好いいこと言ったけど、
 結局お前を育てている理由は、俺の信念を守るためであって、
 自分勝手にお前を育ててるだけなんだ。
 だから、お前がつらかったとしても家族だと認めるわけにはいかない。
 …………ごめんな、この話はもうやめよう。」

和彦は想子の頭を撫でつつも、残念そうな笑顔を浮かべながらはっきりと想子の要求を断り、
話を打ち切った。
要求を断られたとはいえ、とりあえず話をやめたことに想子は安堵したのか、
とりあえず元の落ち着きを取り戻した。

「あ、あの。……大声出して、ごめんなさい。
 ……でもね、和彦さんが、自分を私の家族だと認められなくても仕方ないけど、
 私は一彦さんの家族だってそう思ってるんだから。
 そのことはもう言ったら駄目だからね。
 ……罰として、お酒は没収するね。」

「え。」

想子はこの日のためにネットで探してきた、シャンパンを取り上げる。
今晩の事を考えたら、ある程度酔わした方が好都合かもしれなかったが、
これ以上放っておくと酔いつぶれるまで飲みかねないので
結果的には想子にとって丁度いい機会になった。

「いや、それは。」
「……だめ。それにシャンパンは私が作ったわけじゃないし、
 私が頑張って作った料理がいっぱいあるんだからこっち食べて欲しいから。
 あ、そうだ。
 まだ、ケーキ食べてなかったでしょ。
 これ、特に頑張ったんだから食べてみてね?」

中央のケーキは未だ手付かずの、用意された時の姿のままだった。
デザートは基本的に食後に食べるものというせいもあるが、
ケーキの上の蝋燭がこの部屋の唯一の明かりなので、
和彦にはなんとなく食べづらかったのだ。
ふと彼の脳裏に、燭台買えば良かったんじゃないだろうかという考えが浮かんだが、
続けて、泰子に支払う養育費等でさして無駄遣いは出来ない、ということを思い出す。
だからこの料理だって全部手作りなのである。
そう考えれば、手作りじゃないシャンパンばかり飲むのは、
想子に対する冒涜のように和彦には思えた。

────そうだな。想子の作ってくれた料理を楽しもう。

俺の目の前で想子はケーキに包丁を入れ、市販されている形に切り分け、
置かれていた蝋燭を取り、小皿に置いた。
そこからさらにケーキの真ん中にフォークを入れ、
切った先端の方の部分をフォークに刺すと、
にこにこしながら、手を添えて俺の目の前に突き出した。

「はい、和彦さん。あーん、……して。」


    *      *      *      *      *      *


食べさせてあげるから口を開いてと迫る女と、迫られる男が二人っきり。
蝋燭のほのかな光がますますロマンチックな雰囲気を後押しする。
どうみても恋人同士の夕食といった、ケーキより遥かに甘い空気が場を支配する。
その雰囲気を和彦は感じ取り、動揺した。

それはちょっとまずいんじゃないか。
って、何がまずいんだ?
どうしてだ?
────このロマンチックな雰囲気が何というか、まるで、その。
いや、自意識過剰だ。
でも、そもそも娘に食べさせてもらうってこと自体非常にアレじゃ。
っていうか娘ですらそもそもないわけで────────

俺の頭の中にさまざまな否定の思考が錯綜し、警告を出してくる。
止せ、断るんだと。
しかし、さっき怒らせたこともあり、口には出しづらいので逡巡していると、
想子が暗い顔になり、小動物のような不安そうな瞳で、
こちらの表情をじっと覗き込みながら尋ねてくる。

「あの。…………駄目なの?」

────数秒後。

「はい、あーん。どう?おいしい……?」
「ああ。美味しい。」
「……よかった。」

……………………また、やっちまった。
でも今日は想子を悲しませたし、まあ仕方ないよな。ああ。

俺は、いつものように想子の不安そうな瞳に心を射抜かれてまた要求を飲んでしまった。
想子はわがままな子ではない。
ただ、こと俺に甘えることに限り、要求をして来た場合は中々引かないのだ。
俺が父親と呼ばせなくとも、想子は代わりに行動で示してくる。
俺が紛れもなく家族なのだ、と。
その事で、俺は想子を育ててるだけ保護者で想子の家族じゃないんだからと注意すると、
途端にこのような表情で返されてしまい要求を飲まされてしまう。
正直な話、このように扱われることを嬉しく感じてしまっている俺が心の中に居るのは事実だ。
だからとりあえず、想子を悲しませる事をしてはいけないから、
このぐらいならまあよくあること、そう自分に無理矢理言い聞かせ、
反論せずに済ませてしまう。
そしてまたやってしまったと、後で後悔の念に苛まれ頭を抱える羽目に陥るのだ。

「おいしい?じゃあ、こっちも食べてね……。あーん。」

甘いケーキの、今度は外側部分を差し出してきた。
また口を開け、よく味わい、飲み込む。
このケーキは舌に広がる味だけではなく、
想子の心まで胃で消化して自分に取り込んでいるようで、
俺の心の中に「止せ」と鳴り響く警告による不安感を除けば、あらゆる意味で美味しい。

「和彦さん……。そのケーキはね、愛情込めて作ったからね……。」

想子のこの言葉を、複雑な心境だが確かな喜びをもって受け止める和彦。
しかし、この言葉の真意を知っている本人、想子の心中はこんなものではなく、
さらなる歓喜で満たされていた。

そうだよ、お父さん。
今口に入ってるケーキにはね。
本当に私の”愛”が篭っているからね。
よく、味わってね?


    *      *      *      *      *      *


「ごちそうさま」
「どういたしまして。」

豪勢な食事を食べ終わり、和彦は腹の中の満腹感に体を任せ
椅子の背もたれに寄りかかる。
そのままの姿勢で天井を見つめていると、ふと、あることを思い出した。

誕生日か。
誕生日といえばプレゼントをもらうと相場が決まっているが──────
先週発売のあのゲーム欲しかったな。
でも、刑事は給料高いとはいえ、
うちの家計はそんなに無駄遣いが出来る状態でも──────

「ねえ、和彦さん」
「ん。」

和彦が声の方を向くと、想子が机に両肘で頬杖をつきながら彼を見つめていた。

「実は言うとね、今日プレゼント用意したの。」
「え、プレゼント?」

その言葉を聞いて和彦は驚いた。
例年、誕生日には想子に豪華な料理を作ってもらえるだけで、
特に何か買ってきたプレゼントを送られるということはなかったからだ。
想子は和彦にこう言っていた。
プレゼントは和彦さんの稼いできた給料を使うだけだから、プレゼントにならない。
だから、私が労力をかけることが出来て、心が篭ってると自信の持てる料理を
作るのだと。

「でも、確かプレゼントはしないって────」
「今年はね、愛情の篭めることのできるプレゼントを用意できたから……。
 もっとも、和彦さんが私に送るプレゼントとも言えるかもしれないけど……。」
「一体なんだ?」
「……当ててみて。」

想子は期待感をあらわにした表情でこちらを見つめる。
ならば、刑事として当てないわけにはいくまい。
しかし、当てろと言われても、アルコールのせいか頭の働きがあまり芳しくない状態だ。
そのためか、とりあえず頭にパッと浮かんだ答えを言ってみた。

「もしかして実際には見たこと無いが、ドラマとか漫画での冬の愛情の篭った
 プレゼントのお約束、手編みのセーターやマフラーとか?」
「……違うよ。」
「わかった、裏をかいてまた食べ物だ。お菓子とかだろう。なんか太りそうだけど」
「……ふふっ。むしろ、痩せるんじゃないかな。」
「ん、どうしてだ?」

────これから、私達は運動するんだから。

「……内緒。もうちょっとしたら、今日は少し早いけど早めに布団に入ってね……?」
「ん、どうしてだ?」
「……その時にプレゼントあげるから。和彦さん。」

和彦は想子の言った布団の中で待っていてという言葉にますます混乱した。
一方、想子は押し寄せる不安を顔に滲ませつつも、
完全に色づいた真紅の紅葉のように蒸気した顔で、覚悟を決め一彦に真っ直ぐ話しかけてきた。

「……楽しみにしてて下さい。
 私の精一杯の想いをあなたにあげるから。
 和彦さんのこと本当に楽しませてあげるから。
 和彦さんも、私に遠慮しようとか思わないで。
 私も和彦さんにあげられるのが本当に幸せだから。
 今夜、和彦さんのこと幸せにします。
 だから、お願いします。
 ……受け取って下さい。」

そのまま想子は和彦に頭を深々と下げる。

何だ、急に改まって?
布団に入って待っていろって、サンタのプレゼントでも真似る気なのか。
娘から父親に送る例なんて、人類始まって以来のことだろう。
そういえば、さっき考えた時は忘れてて考慮に入れなかったけど、
楽しませてあげるって台詞と、和彦さんが私に送るプレゼントとも言えるって台詞、
この二つのニュアンスをプレゼントは含んでいるんだよな。
これって一体何だ?

和彦が必死で頭を捻り考えると、ある回答が思い浮かんだ。

ああ、なるほど。
楽しませてあげるってことは、つまりゲームだ。
多分欲しかった先週発売のゲーム、ポスタル4だろう!

このシリーズは洋ゲーで、残虐な内容で有名なシリーズ。
そして、この4は日本のある漫画をリスペクトして原作にし、
江戸初期の遠州、掛川を舞台に某濃尾無双道場の内弟子となって、
様々なおつかいをするというゲームだ。
公式ページの煽り文、「腸、面白い体験が出来る、出来るのだ。」なんて巧かったな。
想子と対戦するのが実に楽しみだ。

「そうか。楽しみにしてる。」

もしかして…………意味に気付いた上でそう言ったの!?

父の返事を聞き、想子はますます際限なく顔を紅潮させていった。

「た、楽しみにして、してくれて嬉しいよ、か、和彦さん。でも、まずその前に────」
「一緒にお風呂、入ろ。」






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